

文書目的に応じた「主たる視点」
−「主たる視点」を“隠れた”導入語にして文を引き出す−
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当コーナーの最初で「“相手との関係が明確な”対話」と「“読者との関係を把握しづらい”書く」を比較しました。当セクションでは、「主たる視点」によって読者との関係を文体に反映する手法を解説します。あわせて、さまざまな技術文書への応用を解説します。
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ステップ1:「文書の仮想空間」とは、「主たる視点」とは
冒頭のセクションでも述べたように、技術文書は、「人(執筆者、読者あるいは第三者)」と「事物(製品、事象を総じて)」が登場する「仮想空間」とみなせます。
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執筆者が文書を作成している間、読者は“そこにいない”のが普通です。また、読者が読んでいる間、執筆者は“傍らにいません”。だからこそ、時間と場所にかかわりなく多くの読者が情報を共有できる利点が文書にはあります。印刷文書には印刷部数による読者数ならびに管理・保存の限界がありますが、ネットワーク上で多くの人が閲覧できる電子文書が主流になるにつれ従来以上に文書から情報を得る機会が増えると言えます。
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ただ、執筆者の傍らに読者がいないがゆえに、執筆者は対話のように相手との関係が把握できず、文の方向性を定めづらくなります。そこで、読者と執筆者の関係がいかに文に表れるのかを確認するために、執筆者と読者さらには事物の距離を縮めた仮想空間を想像してみてください。
文書中で「中心になって行為する人
(行為の主体)」を「主たる視点」と位置付けます。報告書ならば、「(報告する)私」であり、マニュアルならば「(操作する)あなた」です。いわゆる、文を書く際の「人称」に相当し、日本語ではなじんだ習慣です。

ステップ2:文書の目的と「主たる視点」
「主たる視点」には、文書の目的が反映されます。たとえば、同じ製品であっても機能仕様書と製品解説・マニュアルでは「執筆者と読者の関係」あるいは「読者と製品との関係」は異なります。技術文書の文体にはこれらの関係を反映するのが自然です。
文書の種類 |
文書の主たる目的 |
主たる視点 |
執筆者と読者の関係 |
報告書 |
知見の記録と論述 |
(報告者である)私/私たち/当社 |
報告者と報告を受ける側 |
機能仕様書 |
目的の共有と要件の取り決め |
(製品をともに開発する)私たち |
目的を共有する開発者同士 |
議事録 |
決定事項の周知 |
(議事の決定にかかわった)私たち |
会議の関係者同士 |
エンドユーザ向け製品解説およびマニュアル |
製品の知識と使い方の提供 |
(ユーザである)あなた |
メーカ(提供者)とユーザ(一般消費者) |
プログラマ向け仕様書 |
(プログラムを開発する)あなた |
メーカ(提供者)とユーザ(プログラマ) |
「文書によって視点を変えるなど面倒」と思われるでしょうか。“変える”のではなく“変わる”と理解してください。私たちは、対話では意識せずに相手との関係を会話に反映しています。報告では「主たる視点」を「私」に置き、ユーザへの製品の説明では「あなた」を主たる視点にしています。文書も目的に応じて視点が変わるのが自然ですし、身近にある各種の技術文書をご覧になれば「主たる視点」が適切に位置付けられているはずです。
「主たる視点」に対する「補足的な視点」
執筆者と読者のいずれかが「主たる視点」ならば、他方が「補足的な視点」になります。個人的な文書は例外として、文書は読者があって成立します。文書の前提として「(執筆している)私」と「(読んでいる)あなた」の関係があります。この際、“文書中で中心となって行為(例:報告、操作)する人”としての「主たる視点」とともに“文書に「執筆」あるいは「読む」としてかかわっている人”はそれぞれ「補足的な視点」として扱い主語を文に表さないのが一般的です。
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報告書では「(報告者である)私」が主たる視点ですが、参照先を示す際は「(読者であるあなたは)・・・を参照」と読者を「補足的な視点」に見立てます。あるいは、「(私たちは)・・・を改善する必要がある」と部分的に報告者と読者を一体に見立てる場合もあります。また、「主たる視点」と区別して「われわれは」あるいは「私たちは」と主語を表して強調的に示す手法も有効です。
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マニュアルでは「(ユーザである)あなた」が主たる視点ですが、解説の方針を示す場合は「(執筆者は)・・・を解説します」と「補足的な視点」で述べる場合があります。また、メーカからユーザに勧告する際「(執筆者である私はメーカの立場として)・・・を推奨します」などと主語を省略して表す場合がありますが、「誰が」を明確にするために「当社は・・・を推奨します」と表すのが一般的です。
ただし、「補足的な視点」の位置付けは従であり、「主文で用いる」あるいは「頻繁に用いる」のは避けるべきです。必要な場合に限り、補足文の扱いで用いるのが適当です。
ステップ3:「主たる視点」の活用形から導かれる「隠れた導入語」
「主たる視点」は、行為を表す文の“省略された主語”であるばかりでなく、さまざまな語尾を付して活用形にすると、文を引き出す“隠れた”導入語になりえます。文には表れませんが、思考に浮かぶさまざまな語を選別し、文にまとまる方向性を与えます。
「主たる視点」とその「活用形」は、文書の種類に応じて整理できます。同様な技術文書を作成する部署・担当で周知しておけば、文体の統一が図れますし文書作成も効率化します。
エンドユーザ向けマニュアルを例にした「主たるの視点」の活用形
エンドユーザ向けのマニュアルでは、ユーザが主体となる行為とユーザから見た製品の「あり様」と「動作」が中心的な文体になります。
主たる視点 |
活用形 |
「主たる視点」の活用形から導かれる例文 |
あなた |
が/は(行為の主体) |
[対象]を[(これから)操作]します/[誤った操作]をしないでください |
[目的]を[達成]できます |
から見ると(位置付け) |
[対象]が[(すでに)構成]されています |
にとって(位置付け) |
[製品もしくは製品の一部]は[
(あなたの知っている用語では)**]です。 |
には(必要性の主体) |
[行為]が必要です/[対象]を[操作]する必要があります。 |
の操作により(働きかけ) |
[結果]が[表示され]ます/[事物]が[動作]します/[事物]が[他の状態]になります |
「主たる視点」から導かれる「製品の動作」の表し方
技術文書では、「行為」と「製品の動作」の関係を表す必要があります。文書の目的が異なれば「主たる視点」も変わるように「製品の位置付け」も変わります。製品の動作を表す際は、製品と主たる視点との関係によって文体が割り出されます。
文書の種類 |
主たる視点 |
製品および動作位置付け |
製品の操作と動作 |
機能仕様書 |
私たち |
執筆時点では存在しない「開発
の対象」 |
(私たちは)(製品に)ログ表示機能を追加する。
⇒ユーザが**をクリックすると、(製品は)ログの一覧を表示する
。[定性動作] |
製品解説・マニュアル |
あなた |
実在する「操作の対象」 |
(あなたが)**をクリックすると、(あなたの操作により)ログの一覧が表示されます
。
(あなたの操作により)製品が停止します。[操作の結果] |
「主たる視点」のメリット−執筆者にとっても読者にとっても無理がない文構成−
「考え込まなくとも、無理なく書ける」文は、同時に読者にとっても「読みやすい」文です。主語と述語が近くにある文は、「無理なく書け」かつ「読みやすい」文の代表です。「主たる視点」を主語にすると多くの文は目的語と述語だけでまとめられます。
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対して、「事物は」とワープロで入力してしまうと、執筆者にとって「事物を主語にする」のか「事物を文の主題にして、他の語を主語にする」のか選択(すなわち、迷い)が生じます。手が止まってしまう原因であり、無理に文を続けると「事物は」と述語が離れかつ主語と述語の対応が不自然な文になる場合があります。「事物は」として手が止まってしまうならば、「主たる視点」を主語にして文を再構築してみてください。
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「話す」場合も同様です。スピーチあるいはプレゼンで「***は」と発したものの、後の語が浮かばずしばらく間が空いてしまう場合があります。「主たる視点」を念頭に置かず見切り発車で「***は」と声に出したが、先が続かず無理やり語をつないで締めくくると、聞く側には不自然であり何を言わんとしているのかも伝わりづらくなります。

[補足] 当コーナーの「主たる視点」
当コーナーの「主たる視点」は「(解説している)私」です。「テクニカルライティングの論述」が主旨であり、研究報告に類する報告文書と位置付けています。「山之内総合研究所の視点」で表していますが、ご覧いただく方を含めた「私たち」と受け取っていただけるように偏った見解に陥らないよう心掛けています。
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