前述のように異字同訓語とは、字が異なるがその訓読みが同じ語です。「変わる/代わる/替わる」ならば国語辞典で違いを確認できます。ところが、「分かる/判る/解かる」となると国語辞典でもその違いがよく“わかり”ません。 掲載した事例に関する付帯事項
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訓読みが同じでも、漢字にはそれ自体の意味があります。したがって、文中では用いる意味に沿った使い分けが基本です。ところが、実用文書(常用漢字表の範囲)であまり意味の違いを追求すると、かえって読者の混乱や誤解につながる場合があります。読みが同じでありその意味もほとんど同じでは、明確に使い分けるのは実用上困難です。このような場合には、ひらがな書きが適当です。
国語国字的な厳密性を求めればすべての漢字には固有の意味、由来があるはずです。一方で、旧字から新字に変化する過程において意味が付け加わったり失われたりする場合もあります。また、漢字間で意味の重複がある場合もあります。
漢字の意味にあまり違いがない場合には、ひらがな書きにする慣用があります。また、抽象的な対象と具体的な対象でひらがな書きと漢字書きを使い分ける慣用もあります。いずれも理にかなった方法 であり、用字用語辞典にも使い方として記されていますし、学術書や実用書を発行している出版社でもよく使われます。
漢字書きを使い分けるのが適当な 語 | 意味に応じて使い分ける | 表す(言葉に表す)、現す(姿を現す) |
ひらがな書きが適当な語 | 意味にあまり大きな違いがない場合はひらがな書きにして使い分けによる誤解を避ける | わかる(分かる /判る/解る)-である(-で有る/在る) |
ひらがな書きと漢字書きを使い分けるのが適当な 語 | 抽象的な対象にはひらがな書きとし、具体的な対象には漢字書きにする | もの(抽象的な対象)、物(物体)、者(人) |
代表的な例にとどめます。文書をとおして使い分け方を統一する必要があります。
ひらがな書き |
漢字書き |
備 考 |
(あらわす) | 表す(文章に表す) | 言葉や感情をおもてに出す |
現す(姿を現す) | 見えなかったものが見えるようになる |
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(かえる) | 変える(形を変える) | 以前と違った状態にする<変化> |
換える(書き換える) | とりかえる<交換> |
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代える(あいさつに代える) | かわりの役をする<代理> |
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替える(入れ替わる) | 前のをやめ新しいものにする<交代> |
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(こえる) | 越える(山を越える) | 一般的な表記:「こえる」でもかまわない |
超える(制限量を超える) | 慣用的な表記:一定の基準を上回る場合 |
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(つくる) | 作る(規則を作る) | 一般的な表記:ひらがな書きでもかまわない |
造る(船を造る) | 慣用的な表記:大規模な工業製品や土木工事について使うが「作る」、「つくる」でもかまわない |
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(のぼる) | 上る(1億円に上る) | 一般的な表記:下るの反対語 |
登る(山を上る) | 慣用的な表記:上るでもよい場合が多い |
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昇る(日が昇る) | 慣用的な表記:上るでもよい場合が多い |
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(はかる) | 計る(時機を計る) | 計算や計画の場合に使う |
測る(距離を測る) | 大きさ、長さなどの測定、測量に使う |
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図る(解決を図る) | 工夫したり、考えをめぐらしたりする意味に使う |
漢字の使い分けが曖昧になりがちな名詞に熟語にした際の「形」と「型」があります。 技術文書では、慣例化した用語あるいは専門用語では一概に分類できない用例があります。一般的な使い方とともに専門分野ごとの使い方も確認しておく必要があります。
考慮すべき事項 |
形 |
型 |
基本となる意味 | 目に見える
「物」かたち
(shape) |
手本、タイプ、パターン(model、type、pattern) |
技術文書で用いる際の一般的な用法 |
主に外見(形式)・形状・大きさに基づく分類
を表す用法 テキスト形文書、流線形、エンジン形式 定形郵便物、L字形 小形充電器 |
主に規格(型式)・原理・特徴に基づく分類
を表す用法 血液型、大型台風、大型自動車、車両型式 加圧水型原子炉、循環型社会 超薄型2.5インチHDD、垂直統合型ビジネス |
専門用語および工業製品での慣用 | 主に工業規格を標準化する際、型式(model)と区別するために原理・特徴による分類を「形:タイプ(type)」と表す 例 固体高分子形燃料電池、坊滴形 E形止め輪(形状を表す際の「形」も含む) |
標準化された用語あるいは形状に基づいた用語だが工業製品(型式)の分類として「型(model)」と表す例 坊滴型モータ E型止め輪(形状に由来する場合も「型」を用いる例がある) |
上記と同様な例に「器」と「機」があります。一般に、「器」は動力を伴わない小形の器具を指し、対して「機」は動力を伴うとともに大型の機器・設備を指す際に用いるとされています。ただし、製品名などの一部に用いる際に一般論をそのまま適用するのが難しい場合があり、同様な製品であってもメーカによって「器」であったり「機」が使われている場合があります。
当セクションでもたびたび述べていますが、用語はさまざまな経緯によって現在に至っています。経緯を無視して一概に規格化しようとすると、かえって使いづらくなります。基本をふまえて慣用を受け入れる必要があります。まずは、自身が作成する文書ではどのような表記が適切なのかを関連する文書で確認することを薦めます。
コンピュータ言語は、限られた人たちが矛盾なく構築した“言語”です。対して、私たちが用いる言語は日本語に限らず歴史とともに無数の人が携わっています。機械的に判断するのではなく、経緯・事情を勘案して目的に応じた使い分けをしなければなりません。無理に矛盾を排しようとすると、かえって新たな矛盾を生じてしまいます。
野村雅昭 編:「東京堂 用字用語辞典」、東京堂出版、1981 国語審議会漢字部会:「異字同訓」の漢字の用法、第80回国語審議会総会、1972 北原保雄、鳥飼浩二編:同音語同訓語の使い分け辞典、東京堂、1995 阿久根末忠:活用自在同訓異字辞典、柏書房、1994 中沢希男編:同字同訓辞典、東京堂出版、1980 |
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